予備試験とか

30歳までに弁護士になって岐阜帰還することを目指しています。地方自治、法と言語に興味があります。

Ⅱ-10

(1)(b) (ア)まず、Aの生命がYの過失により侵害されたとして、XがAから相続した不法行為にもとづく損害賠償請求権を行使することが考えられる。また、生命は人にとってもっとも基本的な価値であるから、生存し得た相当程度の可能性は法的保護に値し*1、Aの生存の相当程度の可能性をYにより侵害されたとして、損害賠償請求権を行使することが考えられる。

(イ)Yの過失の有無は、どのように判断すべきか。

患者に対して提供することが法的に義務づけられる医療水準は、その知見や技術の普及の程度により判断される。そして、Yの医療に従事する者ひとりひとりについて結果回避義務の水準を設定する見解も考えられるが、多種多様な医療従事者が分担協力して医療が提供されている(チーム医療)ことを踏まえると義務の水準は医療機関を単位として設定されるべきである。

Q病院は近畿地方の中核病院の一つとして有名な総合病院であるから、中核病院の当該診療科の医師が主要医学雑誌、厚生労働省設置の研究班による報告書・薬の副作用情報その他をチェックして研鑽していることが期待されることを前提に、知見や技術の普及の程度が判断される。

Xとしては、血糖値の急激な上昇により認知障害の症状が現れた時点で、その後の意識障害脳出血への移行を予見すべきであり結果回避義務としてβ投与を中止すべき義務があったと主張することが考えられる。しかし、βを長期継続して投与することで副作用を起こしたと訴える事例が数件あったというに過ぎず、その体裁も一部の新聞や週刊誌の記事であって断片的かつ不正確な部分を含むかもしれない情報に過ぎないことから、Q病院として当該情報を共有しこれに基づいてβ投与の適否に関する判断をすべき義務があったということはできない。

よってYの過失は認められないが、以下では仮に過失が認められた場合について検討する。

(ウ)仮にαの投与を継続していればより長く生存していたことをXが立証すれば、β投与と生命侵害との因果関係が認められる。もっとも、Aが現実にどの程度生存できたかを立証することは困難であって、本件においても因果関係が認められるかは微妙である。以下では生命侵害との因果関係が認められなかったものとして検討する。

β投与と生存できた相当程度の可能性を侵害されたこととの因果関係は認められるか。主治医による余命の診断などからの推認により、認められる。

(エ)主張立証された損害のうち、生存できた相当程度の可能性という法益との連関が、不法行為法の目的である衡平の見地から認められる範囲で損害賠償責任が認められる(米村説)。

Aの逸失利益の算定はどのようにされるか。仮にαの投与が継続したものとして判断される。そのうえで、Aが勤務する企業は定年65歳未満で継続雇用制度があった場合はこれを利用する者の給与体系も検討される。そこから損害額を減額する方向で、生きていたなら後遺症等により労働にどの程度の制限を受けただろうと考えられるかが検討され、更に、生存できた相当程度の可能性と損害との連関というかたちで、通常の生命侵害の事例よりも、衡平の見地から損害賠償責任が限定される。

(c)Yは抗弁として、β投与について血糖値が急上昇する副作用に関して、患者Aの理解を形成するのに十分な説明をしていたのであって、このような説明に基づく患者Aの同意により違法性が阻却されると主張することが考えられる。しかしながら、患者は専門的知識を欠くからこそ医師を信頼し治療を委ねているのであって、合理性を欠く治療方針を示しても説明を尽くせば専門的判断に対して負う責任を患者に転嫁させることが認められると解するのは妥当ではない*2。Yの抗弁は認められない。

一定の質以上の医療を提供する医療契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償請求を選択的併合することも考えられる。もっとも、医療を提供する債務は手段債務であって、しかも委任の本旨に従い善管注意義務の内容が具体化されるときには医師の個人的な能力は考慮されないから、契約上提供が義務づけられる医療の質は、過失の判断における結果回避義務の内容と同一であって、債務不履行責任を追求する実益はない。

 (2)仮に生存できた相当程度の可能性の侵害を理由とする不法行為責任が認められなかったとしても、Aの精神的苦痛を理由に損害賠償請求をすることはできるか。Yは、YA間の契約に基づき患者Aの自己決定のために、実施しようとする治療方法について他の治療方法と比較した利害得失を含めて説明する義務を負うから、説明義務の不履行を理由とする損害賠償請求をすることが考えられる。

自己の生命についての事柄や人格的生存に不可欠な事柄についての自律的な判断は、個人の尊重をうたう憲法13条を根拠に自己決定権として法的に保護されるところ、適切な治療を受ける機会を奪われて自己決定権が侵害されたことを理由として不法行為に基づく損害賠償請求を選択的併合することが考えられる。もっとも、過失の判断における結果回避義務の内容は、手段債務である医療契約上の説明義務と同一であって、不法行為責任を追求する実益はない。

 

コメント 不法行為法の潮見説はよく分からないので。。。自己決定権も難しい。

ペルカミンS事件最判(H8.1.23)が参考判例にないということは、能書違反の事例とははっきり区別すべきということでしょうか。

医療水準の論証が、どういう順番で書けばいいのかよく分かりません。小谷(2009)「 医療事故訴訟における過失判断基準(1)」を一応参考にしました。

自己研鑽の責務は、必ずしも過失の判断のところに位置づけられるわけではないようで、定塚誠(1996)「因果関係」『民事弁護と裁判実務第六巻』p.176は、専門家には自己研鑽を続ける責務があることを理由に期待権構成を採る見解を紹介していました。

*1:米村『医事法』p.107,米村2005「法的評価としての因果関係と不法行為法の目的(1)(2)」法学協会雑誌122(4)(5)

*2:唄孝一2001「患者の権利 正しいインフォームド・コンセントとは」p.19, 王冷然2014「弁護士の善管注意義務と説明義務」p.50。さらにすすんで、税理士は(委任者の指図に従う義務を負う一方で)専門的な立場から依頼者の説明に従属することなく、必要な範囲で当該依頼や指示が適切かを調査・確認すべき義務を負うとした大阪地判平成 20.7.29