11.横領、背任
第一事件
平成27年1月25日、取締役Aが会社の裏金口座からセブン・ステップの口座宛てに10万円を振込送金させた行為
本件裏金口座はA個人の名義の口座であることから、業務上横領罪が成立するか、会社法上の特別背任罪が成立するかが問題となる。両罪ともに、財産犯で委託信任関係を保護法益とし重なり合いが認められるから、法条競合の関係にある。刑の下限を比較すると、罰金刑のみを科すことができる特別背任罪の方が軽いから、まず、業務上横領罪が成立するかが問題となる。*1
Aは経理等の職務に従事する専務取締役だから、預金に関する事務は社会生活上の地位に基づき反復継続して行う事務であって、「業務上」の要件を充足する。
裏金口座の預金についてAの占有は認められるか。横領罪の当罰性の根拠は、濫用のおそれのある支配力を有する行為者の地位に着目した、財物の不当な処分である。よって、占有は法律上の占有で足り、銀行には「占有」はない。
ここで、占有が認められるのは、会社か、Aかが問題となるが、預金口座の名義人はAであり、Aが預金債権者として払戻し権限を有するから、Aの占有が認められる。
「横領した」とは、委託の趣旨に反して、所有者でなければできないような処分をする意思を実現することをいう。AがBに対して振込送金をする指示をした行為は、それだけでは所有権侵害が確定的に生じるものではないから、「横領した」に当たらない。*2そこで、Bが10万円を振込送金した行為が問題となる。Bは、占有者の身分がないから、委託物横領罪の正犯は成立し得ない。AとBとの共同正犯は成立しないから、Bの振込送金がAによる業務上横領罪の実行行為とみることができるかが問題となる*3。Bは不正な送金であるという反対動機を基礎づける事実を認識しつつ送金を行っている。しかし、上司の指示であり拒むことが容易でない関係にあり、かつ送金が機械的な作業であることを考えると、送金行為になんらB独自の判断はなく、Aの意のままに動いたという実質がある*4。よって、犯罪実現の道具に過ぎないBの送金は、Aが振込送金の指示により着手した横領の実行行為の一部であり、Aには業務上横領罪の間接正犯が成立する。
Bの送金は、業務上横領罪の幇助犯が成立するが、刑法65条2項により委託物横領罪の幇助犯の刑が科せられる。
なお、背任罪は、全体財産に対する罪であって、任務違背が認められるには、背任罪にいう「事務」として行為者に全体財産の維持管理に関するある程度包括的な裁量権が認められている必要がある*5ところ、Bは秘書であって、Aの指揮命令に従い送金事務を含む業務を遂行する立場にあり、その裁量は乏しいから、背任罪の正犯の成立を認める余地はない。
第二事件