予備試験とか

30歳までに弁護士になって岐阜帰還することを目指しています。地方自治、法と言語に興味があります。

第3章 逮捕・勾留(1)

重要論点

設問についての問い

1.刑訴法212条1項の現行犯逮捕の要件は、犯罪が終わってから逮捕の着手まで30から40分以内で時間的に接着しており、かつ客観的外部的状況から犯人が逮捕者自身において直接覚知できるため誤認逮捕のおそれが少ないことである。これを本件についてみると、時間的に接着していないから現行犯逮捕の要件を具備していない。

そこで、2項の準現行犯逮捕の要件を具備しているかが問題となる。Xは贓物であるビール350ml缶1つと漫画雑誌1冊を所持しているから2号に該当する。また、「罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるとき」とは、被害者等の供述も含めた総合判断により犯行と犯人の結びつきが誤認逮捕のおそれが少ないと認められる程度に明白であり、かつ逮捕の着手まで2時間程度以内で時間的に接着し、かつ犯人の移動手段等から判断して逮捕に着手した場所が犯行現場から誤認逮捕のおそれが少ないと認められる程度に場所的に接着していることである。

これを本件についてみると、犯行から逮捕までぎりぎり2時間程度以内ということができるから、時間的接着性が認められる。また、贓物と同じ物を所持しているだけでなく、投げやりになったXが自らこの二点を手提げカバンから出したこと、W1とW2が警察官に事前に述べた青あざや服装といった身体的特徴と合致していること、W1とW2が犯人に間違いないと述べていることを総合すると、犯行と犯人の結びつきが明白であると認められる。また、Xが2時間15分後警察官Lにより発見された場所は1km先に満たないから、Xが徒歩で移動したことを考慮しても場所的接着性が認められる。

これに対して、弁護人としては、ビール350ml缶1つと漫画雑誌1冊というありふれていて贓物そのものであると物じたいからは特定できない物を所持していたこと以外で、犯行と犯人の結びつきの明白性の判断の資料となるものは結局はW1とW2の供述のみであって、誤認逮捕のおそれが少ないと認められる程度の明白性は認められない、目撃者の供述について逮捕の現場で信用性を正確に吟味することは不可能である*1と反論することが考えられる。また、田宮刑訴p.77によれば、数時間経過した場合には「間がない」には当たらないから違法な逮捕であるとか、本件のように時間的接着性がぎりぎりの事案では他の事情による明白性の基礎づけがかなり強く要求されるはずだと反論することが考えられる。

 2.刑訴法60条1項は、明文では勾留の相当性を要件として定めていないが、比例原則に適合するように解釈すれば、相当性は勾留の要件であると解される。そして違法な逮捕を甘受させた者にさらに後続の強制処分を甘受させることは相当性を欠く*2から、勾留請求は却下されるべきである。なお、相当性が勾留の要件でないとの解釈によっても、逮捕前置主義を定める204条1項を根拠に勾留請求は却下される。

3.刑訴法429条1項2号による勾留決定に対する準抗告をするか、刑訴法88条による保釈請求をすることが考えられる。

4.刑訴法210条は「直ちに」と定めているから、逮捕後7時間以上経過したこの令状請求は違法である。

5.既に勾留されているから、刑訴法429条1項2号の準抗告をする。

刑訴法199条にいう通常逮捕をするには、嫌疑が「相当な理由」といえる程度にあり(1項)、かつ「明らかに逮捕の必要がない」とはいえない(2項)程度に逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれがあり、かつ明文の定めはないが身体拘束に相当性があり比例原則に違反しないことが要件となる。

これを本件についてみると、身体拘束は極めて重要な利益の侵害であるところ、Xは一度は緊急逮捕令状請求のために身体拘束を受けているのだから、なんら逮捕の基礎となる事情に変更のない本件において、Xを通常逮捕してさらなる身体拘束を行うことは、相当性を欠く比例原則違反であり、違法である。仮に直ちに違法とまではいえないとしても、従前の身体拘束期間を考慮したうえで自由権規約9条3項(裁判官の面前に速やかに連れて行かれる権利)を間接適用して比例原則を適用すべきであって、たとえば勾留請求まで72時間をぎりぎり超えない時間の身体拘束をすれば形式的に刑訴法203条1項並びに205条1項及び2項に違反していなかったとしても、相当性を欠く長期の身体拘束として比例原則違反の違法である。

先行する逮捕手続が違法であるとき、さらに後続の身体拘束手続を甘受させることは相当性を欠き、本件勾留は比例原則違反の違法である。(あるいは逮捕前置主義を定める刑訴法204条1項違反である。)

6.警察官らが「直ちに」といえる期間を超過してしまったのは、Xが自発的に始めた弁解を録取していたためであって、警察官に身体拘束期間の制限を潜脱する意図はなかったと主張することが考えられる。これに対して、弁護人は、緊急逮捕の要件である嫌疑は、緊急逮捕を執行する時点での嫌疑であって、緊急逮捕後に録取した供述は疎明資料とならないとか、警察官に取調べのための持ち時間を稼ぐ意図があったと主張することが考えられる。

7.逮捕前置主義を定める刑訴法204条1項に違反する。当初の事件による勾留と別事件による逮捕・勾留が重なることとなる(いわゆる二重勾留)が、別の事件について逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれが認められないのが通常と考えるべきである*3

8.刑訴法208条1項の反対解釈により、起訴後、勾留中の被疑者は、当然に裁判所の職権による被告人勾留に移行する。なお、白取刑訴によれば、この際に勾留の必要性が低下していないか判断するため勾留質問をすべきである。

 

発展問題

1.出頭の求めについては刑訴法199条1項但書きに定めがあるが、これを捜査段階における出頭確保のための逮捕を認めた規定と解する見解がある。しかし、出頭確保それ自体を理由とする逮捕をみとめることは取調べ目的の逮捕を認めるに等しいからこの見解は採用できない。

もっとも、出頭要請を何度しても応じない事実は逃亡のおそれは推認させるから、適法に逮捕できる場合があるとする見解がある(判例もこのような推認を認める)。これによれば、裁判官は逮捕令状を発布すべきである。しかし、不出頭が重なるから逃亡のおそれがあるとする経験則があるかは疑わしいし、出頭を拒むことができると定める198条と整合しない。裁判官は、不出頭の事実以外から逃亡のおそれ・罪証隠滅のおそれを判断すべきである。

2.逮捕という比較的短期の身体拘束が前置されているにもかかわらず、さらに身体拘束をするということは、勾留の必要及びそれに応じた身体拘束の相当性が厳しく判断される。

これに対して、二度の司法審査により身体拘束について慎重を期しているとする見解によれば、勾留状発布においては、比例原則違反の有無ではなく、嫌疑の有無がより厳しく判断されそうである。しかし、この見解は199条1項の通常逮捕の「相当な理由」という文言と60条1項の勾留の「相当な理由」という文言に異なる意味をあえて読み込むほどの説得的な理由づけとはいえないから採用できない。

3.

 

コメント けっこう分からない。

*1:中島宏「現行犯逮捕」法教2019.1p.15

*2:中川『刑事訴訟法の基礎』p.60

*3:中川p.78

第2章 任意同行(逮捕との区別)

設問についての問い

1.「留め置き」とは、不審事由のある者であって被疑者的立場にあるものを停止させ、それがある程度の時間に及ぶ行政警察活動及び被疑者の移動の自由を制限する司法警察活動であって、警察官としては例えば令状発布までの時間稼ぎをする狙いがある。

2.不審事由のある者が自動車に乗っている場合、乗っていない場合と比べて、合理的な理由なく逃走を始めたときに停止させることが困難だから、エンジンキーを抜き取り自動車の運転を阻止しておく必要性・緊急性がある。これに対して、「停止」は質問実施のための説得を目的としているから、エンジンキーを抜き取る方法による停止に必要性が認められる余地はないという批判もあり得る。しかし、不審事由の解明が「質問」及び職務質問に密接に関連する「停止」その他の作用の目的であって、文理上も説得が目的であると解する理由はない。本件において、エンジンキーを抜き取る方法には必要性が認められると解すべきである。

本件の留め置きは無令状の実質的逮捕に当たるか。確かに、X及びY子の意思が制圧されているが、制約されているのは単に移動の自由であって、車内における行動の自由や携帯電話を用いた外部との交通の自由は制約されていない。また、留め置きの場所は捜査機関の施設外である。よって、重要利益侵害処分には当たらないから、実質的逮捕その他の強制の処分には当たらない。

もっとも、任意処分も捜査比例の原則に違反してはならない。停止が長時間に及んだ場合、その間に被疑者の嫌疑が高まり司法警察活動に移行したとき、許される移動の自由の制約の程度が、例えば令状発布までの身柄の確保など、説得の手段の限度に必ずしも限られないことは、刑訴法の規定が任意捜査の目的を限定していないことから肯定できる。ただ、停止が長時間に及んだことが捜査比例の原則の相当性の判断において違法を導く事実となる。

3.緊急逮捕の要件が具備する程度の濃厚な嫌疑があることは、司法警察活動としての留め置きの必要性・緊急性の事実となる。

4.X及びY子らを引きずり出し採尿に適する場所に連行するという警察官らの行為は、強制採尿に当然に付随し、令状の効力の及ぶ強制の処分である。しかし、警察官らによる強制の連行に先立って、XとY子は令状を見せられていないから、警察官らの行為は刑訴法110条に違反する。仮に、令状執行着手前に令状を見せられないことが、手続について被疑者の協力を期待できずやむをえなかったとしても、令状の存在を知ることは、被疑者にとって強制の連行が形式的には法に則っているかを確認するために必要であり、逆に令状がなければ強制の連行に抵抗し拒絶し得ることとなるのであって、警察官らが令状の存在を直ちに伝えなかったことは適正手続を保障する憲法31条に違反する重大な違法である。また、令状の存在のみならず内容を知ることは、違法手続があったとき被疑者がその場で直ちに異議を述べるために必要だから、令状を呈示できる状況になったときにできる限り速やかに令状を呈示しなかったことは憲法31条をうけた刑訴法110条に違反する重大な違法である。

5.警察官らは、強制の連行に先立って令状を窓に貼りつけている。「示さなければならない」という用語を文理解釈すれば、警察官らは刑訴法110条に違反していない。このように解釈したとしても警察官らは令状の存在と内容をXとY子に告知する機会を十分に与えているのだから、適正手続を保障する憲法31条に適合する解釈である。令状を示したとはいえないとしても、XとY子の態度は事前に令状の呈示をうける権利を黙示的に放棄するものといえるから、警察官らの手続は適法である。

6.令状を呈示することでY子の意思を制圧している。また、採尿を命じることは身体の自由の侵害及び羞恥感情の著しい侵害という重要利益侵害に当たる。よって強制処分に当たる。

7.X及びY子の違法な強制連行と採尿とは、採尿による証拠の収集という同一目的の手続であり、かつ、採尿は強制連行を直接に利用して行われた手続である。このように違法手続と直接の証拠獲得手続に密接な関連性がある場合、直接の証拠獲得手続である採尿手続に違法性が承継される。

覚せい罪取締法19条違反の罪は、違法捜査の抑止や司法の廉潔性といった要請よりも刑罰権の発動を優先させるべきほど重大な事案ではないから、本件尿の鑑定書は、違法収集証拠として排除することが相当である。

8.強制連行が仮に違法であったとしても、警察官らは令状呈示を試み、採尿の段階では令状を呈示していることから、警察官らが法軽視の態度から違法手続を行ったわけではないと認められる。また、覚醒剤の使用という犯罪の性質上、尿の鑑定書は犯罪の立証に不可欠である。したがって、違法捜査抑止の見地から検討しても、証拠を排除すべき程重大な違法ではなく、証拠能力を認めるべきである。

 

コメント 職務質問については大谷「職務質問における停止の限界」を参考にし、刑訴法110条の趣旨については後藤『捜査法の論理』所収の論文によりました。渡辺咲子説では、令状呈示を受ける権利を放棄できるようですが、本当なのでしょうか???(疑問は尽きない)

詐欺罪の解釈

学部時代ゼミ行政法だったので、行政刑法の解釈とか罪刑法定主義とかの関連でしか刑法を勉強したことがないのですが、少ない資料で自分なりに勉強したことをまとめてみます。

コメントをいただけるとうれしいです。

 

まず、詐欺罪の構成要件をすべてすらすら言えるようにしました。たぶんこれが重要なことは誰もが認めるのではないでしょうか。

1欺く行為があり、その結果として、2被害者の錯誤があり、錯誤に基づいて、3被害者の錯誤に陥った者の財産的処分行為があり、その結果として(直接性)、4行為者又は第三者において財物の占有又は財産上の利益が取得されること、という因果関係のある一連の流れです。

 

更に5つめの書かれざる構成要件を認めるかについては議論があります。

1.「個別財産の喪失があれば、それだけで損害があった」とする形式的個別財産説によれば、電気あんま器の事例で問題なく詐欺罪の成立を認めることができます。

2.しかし、取引上不当な行為があった場合、個別法による規制、場合によっては罰則を伴う規制がされるかは格別、詐欺罪に当たるのは一定の限定された場合のはずです。詐欺罪の保護法益は、信義誠実ではなく財産だからです。そこで、実質的個別財産説は、書かれざる構成要件として、「反対給付による利得を加味してもなお財産的損害が実質的にあること」を加えます。実質的個別財産説は、「社会通念上別個の支払いといい得る程度の期間支払いの時期を早めた」場合には詐欺罪が成立するとした最判H13.7.19刑集55巻5号371頁(判例百選49事件樋口亮介解説)を説明しやすい点でも魅力的です。

3.井田各論は、書かれざる構成要件要素を加える実質的個別財産説を批判しつつ、近年の判例に整合的な見解をとっています。「欺く行為」を財産処分の基礎となる重要な事項について欺く行為と縮小解釈するものです。

4.ここで、「重要な事項」の当てはめが分からないし詐欺罪による社会的法益の保護を事実上認めてしまっているから井田説は使えないと思っていたのですが、刑事訴訟法学者の白取祐司先生が放送大学の「刑事法」第7回で、「欺く行為」とくに重要事項の当てはめにあたって将来の経営上の利益をしっかり考慮することで財産犯としての解釈の枠におさめることを提案されていて参考になりました。この他に、保護法益を財産的処分の自由と捉え重要事項説を導く見解(足立友子)もあるようです。

 

この他に論点でおさえたものは、

・利益の移転性の要否

・直接性

・処分意思不要説批判の論証(判例百選52事件高山加奈子解説)

・錯誤に陥った者と被害者が分離している場合(三角詐欺)に被欺罔者が被害者側の陣営であれば詐欺罪が成立する(中森説)か窃盗罪の間接正犯と区別するために「錯誤に陥った者において被害者のためにその財産を処分し得る地位又は権能(最判S45.3.26刑集24巻3号55頁)」が必要か

・「偽りその他不正の行為」を構成要件とする罰則との罪数関係

 

最後にまとめると、白取『刑事法』はとても参考になりました。百選の樋口解説と高山解説は読んで知識が深まったと思います。逆に、山口各論と井田各論は分かりづらくあまり参考になりませんでした。

刑法のことは全然分からないので、批判的なものでも、これを読んでないのかよ的なツッコミでも、刑法が好きな方からなにかしらコメントを頂けるとうれしいです。

Ⅱ-7

(1)(a)YとMは2003年3月、MがYのために甲建物を管理する寄託契約を締結している。そこで、Mは民法655条により準用された650条1項により、工事代金600万円は甲建物の保管に必要と認めるべき費用であったとしてその償還を請求することが考えられる。

(b)(ア)Yは反論として、通常の修繕費用はともかく、耐震壁に補強する費用及び高価な防犯ガラスにする費用は必要と認めるべき費用に当たらないと否認することが考えられる。

(a)Mは予備的に、民法697条1項に基づき、1.Yのためにする意思をもって、2.耐震壁の補強の費用と防犯ガラスの設置の費用という有益な費用を支出したこととその額を主張立証して、寄託契約に基づく費用の償還が認められなかった額を請求することが考えられる。

(b)(ア)Yは抗弁として、耐震壁や防犯ガラスの設置はYの意思に反することが明らかであると主張することが考えられるが、Mは工事前にYに連絡をとろうとしていたことからYの意思に反することが明らかとまでは認められない。

そこで予備的に、本件修繕はMY間の甲建物寄託契約上の善管注意義務に基づくものであって、事務管理は成立しないと主張することが考えられる。Mが義務なく事務を処理したことの主張立証責任を負わないのは、ないことの証明は困難であり、また、一方で契約に基づき事務処理費用を請求する者に、他方で予備的請求においては契約が成立していないことの証明を求めるのは不自然だからである。Mが義務がないことの主張責任を負うと解されるとしても、Yに義務の存在の証明責任を負わせるべきである。これを本件についてみると、割れたガラスの交換は寄託契約上の義務に基づくものであるから、防犯ガラスを用いることで追加の費用がかかったとしてもMの請求は認められない。他方で耐震壁の設置は寄託契約上の義務を超えており、義務を超えた場合も「義務なく」に当たるから、Mは費用を請求できる。

(2)(a)Yの無権代理人MとXとの2003年1月30日請負契約が成立し、2月5日YはMへのメールでMの無権代理行為を追認したとして、工事代金の支払いを請求することが考えられる。

(2)(a)Mが無資力の場合には、XはXY間請負契約が認められない場合にそなえて予備的に、甲建物に係る費用利得の不当利得返還請求として、工事の実費を請求することが考えられる。1.Xは修繕の費用を支出している。2.Mが無資力であり、かつ、YM間の寄託契約は無償であって本件修繕に関して対価関係がないことから、利得の保持に法律上の原因がないと認められる。費用利得の償還請求の効果は、支出額のうち利得者の主観的な財産計画に照らして価値を実現できる限度での返還であると解される。費用利得はいわば事務管理の弱められた形態であり、また、損失者から利得者への取引強制につながる危険性をはらんでいるからである。よって、工事の実費を立証しても必ずしも満額の請求が認められるとは限らないが、地震後で、しかも空き巣被害急増の事実及び甲建物の耐震補強が十分でなかった事実が認められ、Yに金銭的な余裕のある本件事情のもとでは、満額の請求を認めるべきである。

 

コメント ぜんぜん分からない。民法総合事例演習を解いた人は全員答案を晒してほしい。

民法がなにも分からない

民法がなにも分かりません。オワオワリです。

いまは藤原『不当利得法』の『民法総合事例演習』で指定されたページを読んでいます。

ローに行っていないので損害賠償額の算定基準がよく分かっていないのも痛いです。

その間は、刑訴の演習をやろうと思います。

Ⅱ-10

(1)(b) (ア)まず、Aの生命がYの過失により侵害されたとして、XがAから相続した不法行為にもとづく損害賠償請求権を行使することが考えられる。また、生命は人にとってもっとも基本的な価値であるから、生存し得た相当程度の可能性は法的保護に値し*1、Aの生存の相当程度の可能性をYにより侵害されたとして、損害賠償請求権を行使することが考えられる。

(イ)Yの過失の有無は、どのように判断すべきか。

患者に対して提供することが法的に義務づけられる医療水準は、その知見や技術の普及の程度により判断される。そして、Yの医療に従事する者ひとりひとりについて結果回避義務の水準を設定する見解も考えられるが、多種多様な医療従事者が分担協力して医療が提供されている(チーム医療)ことを踏まえると義務の水準は医療機関を単位として設定されるべきである。

Q病院は近畿地方の中核病院の一つとして有名な総合病院であるから、中核病院の当該診療科の医師が主要医学雑誌、厚生労働省設置の研究班による報告書・薬の副作用情報その他をチェックして研鑽していることが期待されることを前提に、知見や技術の普及の程度が判断される。

Xとしては、血糖値の急激な上昇により認知障害の症状が現れた時点で、その後の意識障害脳出血への移行を予見すべきであり結果回避義務としてβ投与を中止すべき義務があったと主張することが考えられる。しかし、βを長期継続して投与することで副作用を起こしたと訴える事例が数件あったというに過ぎず、その体裁も一部の新聞や週刊誌の記事であって断片的かつ不正確な部分を含むかもしれない情報に過ぎないことから、Q病院として当該情報を共有しこれに基づいてβ投与の適否に関する判断をすべき義務があったということはできない。

よってYの過失は認められないが、以下では仮に過失が認められた場合について検討する。

(ウ)仮にαの投与を継続していればより長く生存していたことをXが立証すれば、β投与と生命侵害との因果関係が認められる。もっとも、Aが現実にどの程度生存できたかを立証することは困難であって、本件においても因果関係が認められるかは微妙である。以下では生命侵害との因果関係が認められなかったものとして検討する。

β投与と生存できた相当程度の可能性を侵害されたこととの因果関係は認められるか。主治医による余命の診断などからの推認により、認められる。

(エ)主張立証された損害のうち、生存できた相当程度の可能性という法益との連関が、不法行為法の目的である衡平の見地から認められる範囲で損害賠償責任が認められる(米村説)。

Aの逸失利益の算定はどのようにされるか。仮にαの投与が継続したものとして判断される。そのうえで、Aが勤務する企業は定年65歳未満で継続雇用制度があった場合はこれを利用する者の給与体系も検討される。そこから損害額を減額する方向で、生きていたなら後遺症等により労働にどの程度の制限を受けただろうと考えられるかが検討され、更に、生存できた相当程度の可能性と損害との連関というかたちで、通常の生命侵害の事例よりも、衡平の見地から損害賠償責任が限定される。

(c)Yは抗弁として、β投与について血糖値が急上昇する副作用に関して、患者Aの理解を形成するのに十分な説明をしていたのであって、このような説明に基づく患者Aの同意により違法性が阻却されると主張することが考えられる。しかしながら、患者は専門的知識を欠くからこそ医師を信頼し治療を委ねているのであって、合理性を欠く治療方針を示しても説明を尽くせば専門的判断に対して負う責任を患者に転嫁させることが認められると解するのは妥当ではない*2。Yの抗弁は認められない。

一定の質以上の医療を提供する医療契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償請求を選択的併合することも考えられる。もっとも、医療を提供する債務は手段債務であって、しかも委任の本旨に従い善管注意義務の内容が具体化されるときには医師の個人的な能力は考慮されないから、契約上提供が義務づけられる医療の質は、過失の判断における結果回避義務の内容と同一であって、債務不履行責任を追求する実益はない。

 (2)仮に生存できた相当程度の可能性の侵害を理由とする不法行為責任が認められなかったとしても、Aの精神的苦痛を理由に損害賠償請求をすることはできるか。Yは、YA間の契約に基づき患者Aの自己決定のために、実施しようとする治療方法について他の治療方法と比較した利害得失を含めて説明する義務を負うから、説明義務の不履行を理由とする損害賠償請求をすることが考えられる。

自己の生命についての事柄や人格的生存に不可欠な事柄についての自律的な判断は、個人の尊重をうたう憲法13条を根拠に自己決定権として法的に保護されるところ、適切な治療を受ける機会を奪われて自己決定権が侵害されたことを理由として不法行為に基づく損害賠償請求を選択的併合することが考えられる。もっとも、過失の判断における結果回避義務の内容は、手段債務である医療契約上の説明義務と同一であって、不法行為責任を追求する実益はない。

 

コメント 不法行為法の潮見説はよく分からないので。。。自己決定権も難しい。

ペルカミンS事件最判(H8.1.23)が参考判例にないということは、能書違反の事例とははっきり区別すべきということでしょうか。

医療水準の論証が、どういう順番で書けばいいのかよく分かりません。小谷(2009)「 医療事故訴訟における過失判断基準(1)」を一応参考にしました。

自己研鑽の責務は、必ずしも過失の判断のところに位置づけられるわけではないようで、定塚誠(1996)「因果関係」『民事弁護と裁判実務第六巻』p.176は、専門家には自己研鑽を続ける責務があることを理由に期待権構成を採る見解を紹介していました。

*1:米村『医事法』p.107,米村2005「法的評価としての因果関係と不法行為法の目的(1)(2)」法学協会雑誌122(4)(5)

*2:唄孝一2001「患者の権利 正しいインフォームド・コンセントとは」p.19, 王冷然2014「弁護士の善管注意義務と説明義務」p.50。さらにすすんで、税理士は(委任者の指図に従う義務を負う一方で)専門的な立場から依頼者の説明に従属することなく、必要な範囲で当該依頼や指示が適切かを調査・確認すべき義務を負うとした大阪地判平成 20.7.29

Ⅱ-8

(1)(a)名誉とは、人が自らの人格的価値について社会から受ける客観的評価をいう。

プライバシーとは、非公知の私生活上の事実であって、一般人の感受性を基準として他者に開示されないことを欲するであろうと認められるものをいう。なお、私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある情報であれば、フィクション等であってもプライバシーに該当し得る。

名誉毀損及びプライバシー侵害に加えて、社会通念上許容される限度を超えた名誉感情の侵害を理由とする損害賠償請求を主張することが考えられる。

(b)(ア)1.特定の個人又は団体に対して、2.その人格的価値について社会から受ける客観的評価を低下させると普通人の注意と読み方を基準として認められる情報を、3.伝播可能な状態に置くこと、4.その故意又は過失である。これを本件についてみると、4.故意に、1.俳優Xに対して、2.俳優Xが12月10日遊び歩いている事実を摘示したり乱痴気騒ぎなどと論評を加え、また、補導歴を摘示し、3.加えて関西俳優研究会において50名に計310部頒布することで2の情報を伝播可能な状態に置きXの清廉なイメージを低下させたことが要件に該当する。

(イ)個人のプライバシーに該当する事実の情報を、その事実を知らない他者に開示することとその故意又は過失である。これを本件についてみると、12月10日に遊び歩いた事実はテレビ関係者その他のその場に居合わせた者のみが知る非公知の私生活上の事実であって、これを出版社に持ち込む行為や出版物として頒布する行為その他の他者に開示する行為は要件に該当する。

また、Xの顔のスケッチが無断で描かれたことは、プライバシー権の一内容である肖像権の侵害に当たると主張することが考えられる。

また、大麻所持の補導歴のような、犯罪の構成要件に該当する行為を過去に行った事実又はその嫌疑はプライバシーに該当するからプライバシー及び更生を妨げられない利益*1の侵害に当たると主張することが考えられる。週刊誌S誌で既に補導歴が公表され芸能マニアの間では公知の事実でありその伝達される範囲が当初において芸能マニアの間に限定されていたとしても、50名に310部頒布し、会員以外の者にさらに頒布されることを予定していたことからすれば、なお非公知の事実であり、プライバシーに該当する。

なお、名誉感情の社会通念上許容される限度を超えた侵害の主張については、名誉毀損やプライバシー侵害に吸収され*2、損害が認められない。

(c) Aはプライバシー侵害の主張についての反論として、社会的に広く存在と行動が注目される立場にある著名人であるXは、自ら職業を選択する過程でそのプライバシーの一部を放棄しており、その限りにおいてはプライバシー侵害に当たらない*3と反論することが考えられる。以下ではこれを本件に当てはめる。

12月10日に遊び歩いた事実を摘示した私生活上の行状に関する部分は、そのような事実を開示されることを清廉さを売りにする俳優Xが望まないことは明らかだから、プライバシーの放棄された部分には当たらない。

肖像は、俳優Xが自らの職業を選択する過程で、広く世間に知られることを包括的に承諾していると認められるから、肖像の顧客誘引力が法的に保護され得ることは格別、プライバシーの侵害に当たらない。

一般に、補導歴は、犯罪の構成要件に該当する行為があったという事実又は嫌疑であって、一方で、当時において社会が警戒、予防、抑制を働かせるためにその正当な関心事となり得るし、年月が経過しても事件それ自体が歴史的又は社会的な意義を有することがあり得るから、公共の利害に関する事項としての側面を有する。他方で、補導歴は個人のプライバシーのうちでも最も知られたくないものの一つであり*4、またプライバシーの他に更生を妨げられない利益も法的保護に値する。よって、不法行為が成立するか否かは、プライバシー及び更生を妨げられない利益と記事の目的や意義、出版時の社会的状況、当該記事において当該情報を含める必要性その他の当該記事を出版する理由に関する諸事情との個別具体的な比較衡量により決すべきである。

本件は補導歴に関する事案であって、補導歴が少年法6条の2に基づく警察官等の調査を受けた事実をいうとすれば、少年法61条が違法性判断の基準となり得るが、AはXの名前や顔のスケッチを用いて補導歴を摘示した記事を出版物『カネとヨクにまみれた関西の俳優・タレント百選』に掲載しているから少年法61条に違反する。また、情報の伝達の範囲も狭いとはいえずプライバシーや更生を妨げられない利益の侵害の程度は小さくない。よって、不法行為法上違法である。

(e)本件においてB社は記事の内容の編集に関与していないから名誉毀損的な言辞をB社の加害行為として帰責することはできない。よって、B社は名誉棄損の加害行為の主体とは認められない。また、B社はAがメンバーである小規模な同好会に本を引き渡したに過ぎず、流通には全く関与していないから、Xの名誉毀損が認められたとしても、B社は幇助(719条2項)の責任も負わない。

プライバシー侵害の主張については、関西俳優研究会のメンバーにとって週刊誌報道などにより公知の事実を摘示した記事を含む出版物を渡したに過ぎないから、関西俳優研究会との関係ではプライバシーに該当するとは認められない。

もっとも、補導歴を摘示した部分はプライバシーのうちでも最も知られたくないものの一つである。よって、仮に週刊誌の報道と比べて補導歴に関して、私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある情報が少しでも付加されていれば、プライバシーとして法的保護を及ぼすべきであり*5、俳優Xの同意なく補導歴の記載を含む出版物を譲渡したことはプライバシーの侵害にあたるというべきである。以上のような前提のもとでは、補導歴の摘示によって生じた損害についてB社はAと連帯して損害賠償責任を負う。

 (2)「こんな親の顔が見てみたい」という侮辱的な言葉を添えてPの顔写真を載せたことは、Pが生存していたとすればプライバシー権の一内容である肖像権を侵害しているか、そうでなくても名誉感情を侵害していると認められる。Pはその学術分野においては公的人物に準じてそのプライバシー侵害を受忍すべきと認められるが、本件記事はPの研究と無関係だから生存していれば肖像権侵害が認められる。しかしながら、人格権は一身専属的な権利であって、Pの死亡により消滅する。死者に対して名誉棄損的な言辞があった場合であれば、遺族はその敬愛追慕の情を法的に保護されるが、本件記事によるPの客観的な社会的評価の低下による損害は、Xに対する名誉棄損的な言辞を前提とするものであって、Xに対する名誉棄損に吸収される。よって、Pに関する記述のみを理由とする請求は認められない。

(3)

(4)名誉が毀損された者は、名誉を回復するに適当な処分(民法723条)として、陳謝文言のある謝罪広告の掲載を裁判所が命じることを請求することができるか。そもそも、裁判所が陳謝を命じることが憲法19条の保障する思想及び良心の自由を侵害しないかが問題となる。過去の事実について陳謝することは、一般的には人格の核心に関わる精神活動と無関係だから、裁判所が陳謝を命じることは憲法19条に違反しない。もっとも、自らの名前での陳謝を命じることは憲法20条の保障する表現の自由の一内容である沈黙の自由を制約するから、名誉棄損の程度がAの沈黙の自由と衡量して受忍限度を超え、かつ事実の適示を取消すだけでは慰謝されない場合に限り、裁判所が裁量により命ずることができると解すべきである。これを本件についてみると、私的な遊興のみならず補導歴の適示を含むこと、俳優Xは清廉なイメージを含む高い社会的評価を有していることから、受忍限度を超える違法が認められる。そして、本件のように真実と認められる事実が適示された場合には事実の適示を取消すことを命じることではXの慰謝は期待できない。よって、裁判所はAに対して陳謝を命じるべきある。また、本件記事はXの出演するテレビ番組でも紹介されるなど、その内容がかなり流布しているから、全国日刊紙の社会面に陳謝文言を掲載することを命ずることは、名誉を回復するに適当な処分である。

 人格権たる名誉権は物権と同様の排他性を有する絶対権であって、名誉権に基づく妨害予防請求としてXのもとにある本6冊の廃棄を請求することが考えられる。Xのもとに本6冊がありすぐにでも頒布可能な状態にあることは、名誉が棄損される明白かつ具体的な危険と認められる。また、Aの有する権利である本を用いて自らの表現を発信する表現の自由(もっとも既に発表されているから廃棄を命じても事前抑制には当たらない)と比較衡量をしてもなお名誉毀損の程度は受忍限度を超えると認められる。よって、Xの請求は認められる。

 

コメント ぜんぜん分からない。まずい。他の方はどう書いているのか気になるところですが、ググっても見つからないですね。

慰謝料額が3000万円と認定されることがあり得ないことはわかるのですが(高くても300万円程度?)、相場がよく分かりません。俳優Xの出演が減り財産的損害が生じれば、300万円より高額な認定がされることもあり得るのでしょうか?

関西俳優研究会に属する特定小範囲の者に開示したに過ぎないからプライバシー権の侵害には当たらない(麹町中学校内申書事件最判参照)と反論するこも考えられそうですが、あまり筋がいいとは思えないので割愛しました。

機微情報の要保護性の根拠としては「第三者による利用が(名誉毀損その他の)現実の権利侵害をもたらす可能性が極めて高い(新保史生2013「ネットワーク社会における個人情報・プライバシー保護のあり方」p.202)」ことに求める見解もありますが、必ずしも一般的ではないかもしれないので、伊藤正己説によりました。

容貌など個人の人格・身体との関係が極めて重大な情報やモノを、他のプライバシー情報とは異質なものとして、本人がコントロールする利益、個人と同様に尊厳的に利用されることを求める利益と法律構成する見解(岩橋健定2005「個人の遺伝子情報の保護」)もあるようですが、少なくともこの事例ではしっくりこなかったので、採用しませんでした。

*1:逆転事件最判

*2:五十嵐清2003『人格権法概説』p.27参照。もっとも石に泳ぐ魚事件最判は、このような見解を採っていないと思われる

*3:プロバイダ責任制限法ガイドライン等検討協議会2018「名誉毀損・プライバシー関係ガイドライン第4版」p.9

*4:前科照会事件最判伊藤正己補足意見参照、機微情報

*5:東京地判H18.3.31判タ1209号60頁AVをしばしば購入することを公言していたお笑い芸人が、実際に興味を示したり購入したAVの種類を週刊誌に掲載された事例