予備試験とか

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R1司法試験 憲法

法6条及び25条

法6条は「公共の利害に関する」という不確定概念を用い、25条により犯罪の構成要件の一部となっているところ、その意味が漠然としていて、犯罪となるべき行為が明確に告知されることを要求する憲法31条に違反するのではないか、表現活動に萎縮効果が生じ憲法21条1項に違反するのではないかが問題となる。しかし、刑法230条の2第1項にも同じ文言が用いられており、これと同じ意味と解されるから、漠然としているとは認められない。

法6条及び25条は、政治的言論をも規制するところ、政治的言論は自己実現の価値のみならず、自己統治の価値を有し、やむにやまれぬ公共の利益のためでなければ規制されない。しかし、法1条は「社会的混乱が生じることを防止」というだけである。「社会的混乱」のなかにはやむにやまれぬ公共の利益と認められるものも含まれるとしても、そうでないものもあり、規制の範囲が必要最小限に絞られていないから、憲法21条1項に違反する疑いがある。しかし、真実の摘示が国民の知る権利・利益に奉仕し優越的利益が認められる、自己統治の価値を有する表現であるのに対し、虚偽表現は、人の判断を誤らせる有害な表現*1であって、憲法21条1項の保障の範囲外にあると解すべきだから、憲法21条1項に違反しない。思想の自由市場論も、思想と事実の真偽の情報との区別を前提にすると、この法律のような虚偽表現の規制には妥当しない。

法25条は、故意犯を処罰する規定と解されるが、それでも、「虚偽」であることについて未必的認識を有していたに過ぎない行為者も処罰範囲に含まれるため、刑事罰が重大な不利益をもたらすこともあいまって、虚偽でない表現活動に萎縮効果が生じ、憲法21条1項に違反するのではないかが問題となる。しかし、法があえて「知りながら」という文言を用いたのは、単に特別刑法上の犯罪について故意犯処罰を明文で定めるためではなく、「虚偽」であることについて未必的認識では足りず、確定的認識を要求するもの*2と解される。また、そのように解さなければ、憲法21条1項に適合する余地がない。

 

法9条並びに26条及び27条によるSNS事業者の規制

SNS事業者が自らの一貫した方針に基づいて、タイムラインをデザインし表示させたり、ユーザの表現を規制するかしないか判断することは、憲法21条1項により表現の自由として保障されている(Google検索結果削除仮処分事件最決参照)。

法9条1項2号の「選挙の公正が著しく害されることが明白である」という不確定概念が漠然としていて憲法31条及び憲法21条1項に違反しないかが問題となる。命令に違反してはじめて行為者は処罰の対象となるから、処罰範囲は明確であって憲法31条に違反しないという反論が考えられるが、憲法21条1項により明確性の要請がより強いことから、それだけでは足りない。「著しく」という用語は規制の必要性が高い表現に規制の範囲を絞るだけで、明確性を高めるとはいえない。「明白」という限定によっても、なにが「公正」を害するかは価値判断を要し、法令上なんら例示がないから、通常人の判断では具体的場合に自らの行為が義務付けられているか否かが読み取れない。よって、罰則を定める法26条及び27条の部分は漠然性を理由に憲法31条及び憲法21条1項に違反する。

法9条は選挙の公正を目的とし、2項は削除命令の政治的中立性を確保し、真に選挙の公正を促進するために、独立行政委員会を処分庁としている。たしかに、選挙の公正は重要な目的であると認められるが、9条1項が表現の手段ではなく内容に着目した規制をしているため、規制にはやむにやまれぬ公共の利益が必要ではないか、憲法21条1項に違反しないかが問題となる。しかし、虚偽表現は憲法21条1項の保障の範囲外と解すべきである。

情報は自由な流通に委ねられるべきであって、虚偽表現も表現の自由として保障されるとしても、選挙運動は法定のルールを守ることで公正に行われ、そのための合理的なルールが設けられることが予定されている(伊藤正己)から、表現の自由一般とは区別されるべきである。この法律は、処分の要件に「著しく」「明白」という限定があり、罰則があるものの法26条及び27条は間接罰方式を採り、より制限的でない手段が採られているといえる。選挙の公正を達成するために必要かつ合理的な手段であると認められるから、この学説によるならば、憲法21条1項に違反しない。

もっとも、SNS事業者のような表現の媒介者は知る権利・利益に奉仕していることから、SNS事業者に対する規制が自主検閲を促進するおそれも踏まえて、ユーザの知る権利に配慮して、より制限的な手段がとられているといえるかを検討すべきという反論が考えられる。この見解によれば、自主検閲の促進を防ぐ措置がなんら定められていないどころか、法13条によりむしろ自主検閲が促進されていることから、憲法21条1項に違反する疑いがある。

 

法20条

9条2項の命令の前に、被処分者となるSNS事業者に告知・弁明・防御の機会が与えられていないことが、憲法31条の法意に反しないかが問題となる。行政手続は行政目的に応じて多種多様であり、常に必ず弁明等の機会を与えることを必要としない(成田新法事件最判参照)と解される。選挙運動の期間及び選挙当日を過ぎると、選挙の公正という目的を達成できず、また要件を具備しないため処分じたいができない点で緊急性がある。そもそも、法20条は制裁目的の処分でも、人身の自由を制限したり財産権を剥奪する処分でもないから、憲法31条を準用する基礎を欠く。よって、憲法31条に違反しない。

もっとも、憲法13条によれば国は個人の権利を最大限尊重しなければならず、判断の基礎に事実誤認がある処分や萎縮効果により制約されるおそれがある表現の自由の重要性を考慮すると事後的な司法的統制だけでは不十分である。そこで、事前に告知・弁明・防御の機会の保障を欠くことが憲法13条に違反しないかが問題となる。しかし、処分の緊急性があり、独立行政委員会を処分庁とすることで一定程度は手続の公正が図られていることから、表現の自由の重要性を考慮して総合衡量しても、憲法13条に違反しない。

 

 

感想

よく分からない。時間内にかける人すごい。公職選挙法235条2項の「事実をゆがめて」と「選挙の公正を著しく害することが明白」とで明確性はあまり変わらないような気がしないでもない。false speechについてはUnited States v. Alvarez, 567 U.S. 709 (2012)があり、伊藤たける先生の話をあわせて聴いて、萎縮効果を広く認めるだけでなく、言論市場の歪曲効果を重視すれば違憲の結論を導きやすいという気づきがあった。成原(2012)「代理人を介した表現規制とその変容」を読んで、知る権利のところの記述を直した。

*1:山口厚『刑法各論 第2版』p.146同旨

*2:著作権法119条3項にいう「知りながら」について、小倉秀夫ほか2013『著作権法コンメンタール』1695頁同旨