予備試験とか

30歳までに弁護士になって岐阜帰還することを目指しています。地方自治、法と言語に興味があります。

6.正当防衛、過剰防衛

Aの罪責

殺人罪、殺人未遂罪

Yに死亡の結果が生じたから、まず、Aの行為が殺人罪に該当するかが問題となる。しかし、Aが特殊警棒でYの頭部を強打した行為とYの死亡との因果関係は明らかでないから、殺人罪に該当しない。そこで殺人未遂罪が成立するかが問題となり、殺人の故意が認められるかが争点となる。頭部は身体の枢要部であって、そこをめがけて強打したことは、人を死なせる危険性が高く、殺人の故意を推認させる*1。しかし、強打といってもどの程度の強さであったかは不明であり、殺人の故意には合理的な疑いがある。この点を別にしても、鉄アレイで襲ってくるYから身を守ろうと必死で冷静ではなかったAが、Yが死んでしまうと分かって頭部を殴打したかは疑わしいから、殺人の故意には合理的な疑いがある。よって、殺人未遂罪は成立しない。

傷害罪、傷害致死

次に傷害罪の成立が問題となる。Aの特殊警棒による殴打により傷害の結果が生じたことは傷害罪の構成要件に該当する。また、AはBに「何とかしてくれ」と呼びかけることで、Yの身体に有形力を加える旨の意思を連絡し、AはBに暴行を呼びかけ、かつ、YのベルトをつかんでBが暴行できるようにする重大な寄与をし、Bが1回目の体当たりをした暴行によりYに傷害の結果が生じている。よって、Bがした体当たりを実行行為とする傷害罪の共同正犯の成立も問題となる。

さらに、特殊警棒による殴打には刑法207条が適用され、脳挫傷の原因が特殊警棒によらないことを立証しなければ、傷害致死罪の構成要件に該当することが認められる。刑法207条を傷害致死罪に適用することは罪刑法定主義に違反するとの批判もあるが、傷害罪の場合と傷害致死罪で死因となった傷害結果の原因が不明の場合とは、立証困難の点で異ならないだけでなく、傷害致死罪の規定より刑法207条が後に置かれていることから、適用を肯定すべきである。もっとも、因果関係は被告人にとっても立証困難だから、被告人による立証は証拠の優越程度で足りる。

正当防衛(36条)につき問題となる要件は、急迫不正の侵害、やむを得ずにした行為、防衛の意思である。

YがAに殴り掛かった不正の侵害は急迫性の要件を満たすか。AはYが本当に事務所に来るかもしれないと思い侵害を予期していたが、不正の侵害に対して自己の生命・身体を保全することは自然的権利の行使*2であり単に侵害を予期していただけでは否定されない。侵害を予期した以上は侵害回避義務が生じる場合があるとする見解によっても、Aがいたのは自分の職場であってその場に滞留する正当な利益が認められるし、侵害の予期は漠然としたものに過ぎず警察の保護を要請すべきであったともいえない。本件のAは侵害回避義務を負わない。よって、急迫不正の侵害の要件を満たす。

特殊警棒で頭部を強打した行為と、共同正犯者Bによる一回目の体当たり行為はやむを得ずにした行為の要件を満たすか。正当防衛は自然的権利の行使であって、Aに不正な侵害からの退避義務を課すことはできない。よって、反撃行為が防衛手段として相当であれば、反撃行為により生じた傷害の結果が不正に侵害されようとした法益に比べて不均衡であっても、相当性は否定されない。Y、A、Bの年齢、体格は同程度であって、Yの不正な侵害が鉄アレイによる殴打だったことから、攻撃者による侵害行為と防衛者による防衛行為の態様を実質的に衡量する武器対等の原則によっても、防衛手段として相当性がある。よって、やむを得ずにした行為の要件を満たす。なお、Yを事務所内に入れたのは、近所迷惑にならないようにであって、この機会を利用してAがYに積極的に加害する意思を有していたとは認められない。よって、自招侵害では防衛者の法益の要保護性が減少し「やむを得ずにした行為」が認められにくくなるとする説*3によっても、「やむを得ずにした行為」の要件を満たす。

防衛の意思が必要かについては議論があるが、本件では防衛の意思がないとは認められない。

よって、Aの傷害罪は成立しない。

なお、Bによる2回目の体当たりは、Aが認識していないから、故意がなく、Aは責任を負わない。

 

 

Bの罪責

傷害致死

Aと共同してYに暴行を加える意思を通じたうえで実行した、Bによる2回の体当たり行為という暴行によりYが死亡する結果が生じたと認められれば、傷害致死罪の構成要件に該当し、共同正犯が成立する。しかし、Yの死因となった脳挫傷はAが特殊警棒で殴打したことによるものかもしれないから、Yの死亡についてBが責任を負うかが問題となるが、刑法207条により因果関係の挙証責任が転換される。

そこで、正当防衛が成立しないかが問題となる。

急迫不正の侵害の要件を満たすか。1回目の体当たりの時点では、AとYは取っ組み合いをしているから不正の侵害が現在している。2回目の体当たりの時点では、Yは立ち直そうとするところで、Bに攻撃を加える意思をなお有していたことが否定できないから、侵害が継続していたことを否定できない。

やむを得ずにした行為の要件を満たすか。2回の体当たりは、同一の機会に同一の法益に向けられたものだから、一個の行為として評価される。BとYは年齢、体格が同程度だから、武器対等の原則によれば体当たりはそれが2回行われたとしても防衛行為として相当である。これに対して、緊急避難よりも緩やかではあるが法益権衡が要求され、窓からYを突き落とす体当たり行為は、36条2項の「防衛の程度を超えた」(過剰防衛)に当たるとする反論が考えられる。

防衛の意思の要件も満たす。

よって、正当防衛が成立し、違法性が阻却される。

なお、仮に過剰防衛に当たるとして、過剰性についての故意が認められるか。Bは2回目の体当たりをするとき、窓はブラインドが下がっていて、Yが転落する危険性のある行為であることを認識していなかった。よって過剰防衛の故意がないから、Bは責任を負わない。

*1:間接事実による主要事実の認定は、ほとんどの場合、検察側のストーリーを土台に作られるから、弁護側がこの枠組みに乗ることは危険であると指摘し、事件の個性を無視していると批判するものとして、高野隆ほか『刑事法廷弁護技術』

*2:「座談会 正当防衛の成否は何で決まるのか」刑事弁護(96)高野隆発言参照

*3:佐伯千仭1984『刑法講義総論 4訂版』p.203。仮に積極的加害意思が認められてしまっても、過剰防衛を主張できる点で被告人に有利な解釈。坂下陽輔「正当防衛権の制限に関する批判的考察」法学論叢も参照。